晩秋の知床
2007年 10月 17日
laylaさんは前夜泊まったホテルの近くの街のお寿司屋さんで、
「知床行くならもう冬タイヤ装備していかないと」
と言われていたらしい。
わが家の車はまだ夏タイヤ。
10月にタイヤ交換なんてしたことありません。
「昼間の移動にはまだまだ大丈夫」と平気な私。
まずは知床峠へ。
実は私、この季節の峠は初めてだった。
峠からの眺め。
知床連山、羅臼側一帯、そして海の向こうにすぐのクナシリも見えるはずが・・・
雲が下りていて、かなりの寒さ!
雪でも降ってきたらたいへんと早々に峠をあとに引き返した。
この季節ならではの美しさ。
空が青ければ、紅葉の見事さがきわだって写ったのに残念。
峠を下りてきてから五湖を歩いた。
夏に来たときと同様に熊出没のため一湖と二湖の散策路のみが解放。
ここの湖は、川に通じてはいない。
水は岩にしみこんで海に流れている。
一湖にはフナらしき魚が生息。
二湖は五湖のうちでいちばん大きな湖。
晴れていれば連山が湖面に映って美しい。
この日の夜、知床の山々は初冠雪だった。
『もうひとつの知床 戦後開拓ものがたり』菊地慶一著 北海道新聞社刊 をめくってみた。
五湖の近くに住んでいた開拓者たちの生活の記録を知ると
この地で農業することがいかに「ゆるくない」(容易でない)ことであったかがわかる。
「溶岩台地の上に広がるわずかな耕作可能地は、寒冷、強風、酸性土壌、
冬の交通途絶・・・」
★この画像は今年5月4日に撮したもの。
知床半島が国立公園になったのは1964年。
当時五湖付近(岩尾別)に戦後開拓に入った農家がまだ残っていた。
しかし厳しい環境のもと農業はつづけられず、
最盛期には65戸あった農家は1967年に全戸が離農した。
その後「知床旅情」ヒットし、
かつての開拓地に知床100㎡運動が提唱され
知床半島、五湖の付近は観光開発を逃れてきたのだ。