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イタリア旅行 ボローニャ編 その5

ボローニャにて2日目の朝、
ホテルで朝食を済ませ、チェックアウトして駅へ向かいました。
ボローニャの旧市街地は、かつて城壁に囲まれていました。
駅は城壁の外側に位置していますが、
行く途中に城壁の門のみが残されているところがあります。
堀も廻らせられていた跡もありました。

フィレンツエまでの切符は、インターシティー利用なので渡航前に電子チケットを買っていました。
イタリアで電子チケットは最近開始されたようです。
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早くに購入すると、一等のチケットが二等と同じになり、おまけにかなりの割引。
たった35分間の乗車なのですがこの区間は鈍行列車は運転されていないようです。

切符を買う必要がなかったので、駅構内に留まることなく地下ホームに直行しました。
なんと高速電車のホームは地下4階。
下りのエレベーターにのり、さらに廊下を歩いて今度はエスカレーターを2回乗り換えて下り、
ようやくホームの上の階に到着。

帰ってからボローニャ駅について調べたら、現在駅は工事中なのでした。
新駅は、なんと日本の設計家 磯崎新とアンドレア・マッフェイによるもの。
完成は来年のようです。

ボローニャ駅については、もう一つあります。
それは1980年8月2日 ここで爆破事件が起こったのです。
このことについては、
ボローニャ在住の漫画家市口桂子さんの文に詳しいです。★★

駅が新しくなっても、駅の入り口の造りはそのままのようなので、
爆破テロ事件の被害に遭った人々の名前や事件の起きた時刻
10:35分をさしたままの時計は残されるようです。

ところで、私たちは時間通り、ボローニャ駅に到着した
ナポリ行きの高速列車、フレッチャロッサに乗車しました。
ホームにはボローニャの駅名のみ。
どちら側から電車が入ってくるのかもわかりませんでした。
イタリアの鉄道、ホームが低いので、
上って乗車しなければならず、大きな荷物を上げるのはちょっとたいへん。
出発のベルも鳴ることもなく定刻10:30に発車しました。

窓側の席だったので車窓からの風景が楽しめるかと期待しましたが、
山が多いようでトンネルばかりで外はほとんど見えないまま、
あっという間にフィレンツェに到着しました。
駅の両側にある防音塀には落書きが続いてました。
この落書き、なんだかどれも同じ雰囲気で描かれているのが不思議。
同じ人が描いているのかしら・・・。

フレンツェ駅はすべての列車が終着のようにホームに入る頭端式ホームなので
これからローマ、ナポリ方面に向かう列車はスイッチバックの必要があります。
石北線でいえば、遠軽駅と同じですね。
といっても石北線は単線ですから、
1番線から14番線までのホームが並ぶ
(さらに15~18までは14番線の向こうにある)ような大きな駅と比べようもありませんが。

いよいよフィレンツェに到着です。
つづく
by hokui44do05 | 2014-09-10 20:57 | | Trackback | Comments(0)

イタリア旅行 ボローニャ編 その4 

ランチを済ませ、2本の斜塔の脇を通り過ぎ、ザンボニ通りを歩いて国立絵画館へ向かいました。
国立絵画館、なんと午前中9時~13時半までで木曜日の午後は休館でした。
この美術館開館時間が変則的かつ短いです。
しっかりお昼休みがあるのですね。国立だから?

私たちも暑いし、歩き疲れたので一度ホテルへ戻って休むことにしました。
途中スーパーがあったので、水とビール、つまみと黄桃を二つ買いました。
黄桃など果物や野菜はどれも量り売り。
自分で秤に乗せて計って出てくるシールを貼らなくてはなりませんでした。
そんなことを知らない私は2個カートに入れてレジに来てしまったのですが
店員さんは親切で桃をもって走っていきシールを貼って持ってきてくれました。
この方式とっても合理的ですね。

さて、ボローニャで2泊したイ・ポルティッチ・ホテルは鍵がカード式でした。
戻ってきてもフロントを通らず、エレベータに乗ってからせん階段を上って部屋に行かれます。
部屋は89室のホテルなのですが、エレベーターは1台で狭い。それも5人乗り。
大きな荷物を載せたら3人でいっぱいになります。
おまけに乗るドアと降りるドア、二つのドアがあるのでドアに近いとドアが閉まりません。
動き出してもかなりスローでした。
さらにややこしいことに、出口のある階は0階なのです。
どちらにしても時間がかかるのですが、
私たちの部屋は4階でしたから上りはエレベーターを下りはらせん階段を使いました。

でも部屋は天井が高くて外は緑、閉塞感がないので昼間にいてもゆったりできます。

表紙に惹かれてインフォメーションセンターでもらってきた小誌。
ベッドの上でぱらぱらとめくってみました。
2014年bologna estate (ボローニャ夏)
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いろいろなイベントが行われているようです。
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8月6日、ボローニャでも灯籠流しによる追悼行事がおこなわれてました。
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唯一、ヒロシマ アトミックホロコーストの犠牲者の記念に捧げる灯籠流し、1945。
ああ、昨日は8月6日だったのです。

そういえばイタリアは脱原発の国。
日本は唯一原爆被爆国、
福島の事故の後も未だ脱原発にはなっていかないのはおかしなことだと思います。

泊まったホテルの近くに8月8日と名付けられた広場ありました。
8月8日がボローニャの歴史上何か特別な日なのかどうかはわかりませんが、
木曜日には蚤の市があるとガイドブックにあったので夕方行ってみることにしました。

蚤の市は、開かれてはいましたが、露天も数えられるほど少なく、お客さんもあまりいません。
商品は雑多でよく見れば本の類いにちょっと面白そうなものもありましたが、
ざっと見ながら結局手を伸ばす気にはなりませんでした。

明日は、10時過ぎの列車でフィレンツエへ向かう予定なので駅の位置を確認しに行きました。
ホテルからは5分もかからず行けそうです。
その後駅付近をぶらぶらしてから、夕飯はホテルでとることにしました。

このホテルのレストランはミッシュラン一つ星で人気の高いお店だそうですが、
あいにく8月はお休みなので残念と思ってました。
でもホテルの中庭に面したテラスで軽い食事が出来るとチラシにあったのです。
予約をしていなかったのでテラス席ではなく、室内の席となりました。
料理は伝統的イタリアンではなく現代風でした。
ベリーや木の実、チーズの薄切りの載ったグリーンサラダが美味しかった。
生野菜がそれぞれ濃厚な味わいでした。
小魚料理とお肉料理食べ、どちらも美味しかったのですがどんなだったか詳細は不明。
どれもひと皿ずつとって二人でわけていただいてちょうど良い量でした。

ボローニャ編 あと一回続きます。
by hokui44do05 | 2014-09-05 20:59 | | Trackback | Comments(0)

イタリア旅行記 ボローニャ編 その3

イタリアに来て一日目、ボローニャで朝を迎えました。
いつものように現地時間で6時に起きましたが
窓のカーテンを開けるとまだ外は薄暗いのです。
そういえば、こちらは夏時間になっているのでした。

朝食は部屋で昨日の機内食のパンの残りとラスクのようなお菓子
残してあった桃、そして買ってきた水を備え付けの電気ポットでお湯を沸かして、
ホテルの提供するコーヒーを煎れて済ませました。

時間があるのでゆっくりとテーブルの上に乗っているホテルのチラシをチェック。
ホテルの朝食は別料金なのですが、予約時には15ユーロとなっていたのに10ユーロになってました。
ビュッフエスタイルのようですが、メニューをみると盛りたくさんなので明朝はホテルの朝食をとることにして朝食予約カードをドアのノブに引っかけて9時頃部屋を出ました。

ホテルからポルティカ(柱廊)の続くインディペンデンツァ通りを北に向かって歩きます。
両側は靴屋、洋服屋、鞄屋なども混じった商店街ですが、食品店以外はどこもまだ開いてません。
相方は博物館や美術館巡りが目的なのでウィンドショッピングには興味なし。
さっさと先を急ぎます。

最初に入ったのは中世博物館、15世紀の貴族の館が博物館になってます。
入館者はほとんどなくて貸し切り状態。
各部屋にボランティアかと思われる年配の方々がいらして
とっても感じよく迎えてくれゆったりと鑑賞することができました。
入り口からすぐのところのガラスケースの陳列棚に
流線状に模様があるすごくきれいな青い壺がありました。
1階にはボローニャ大学の学生の姿が刻まれた大理石の壁画が何枚も展示されていました。
これらは教授たちの墓碑なのだそう。
ボローニャ大学はヨーロッパ最古の大学で1088年創立。
その頃からボローニャは交通の要所となっていて商業の発展もあった。
商業をするためにはローマ法を学ばなければということで
「学生がたちが街の法学者のもとに集まって勉強していた」ことから
ヨーロッパの各地から学生が集まってきて集団をつくり始められた大学で
教授の人選は学生達がし、学長も学生が選んでいたのだそう。
まずは学生あっての教授陣の大学だったのですね。
ちなみに「1287年には22歳のダンテが」「コペルニクス」(1473-1543)
「ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)も学びにきていたそうです。
「」内は井上ひさし著『ボローニャ紀行』より
中世博物館は3階まであって、各部屋絵画あり、小物彫刻ありでした。

次に向かったのはマッジョーレ広場。
広場の東側にある市場へむかいました。
生鮮食料品店が並んでいて、結構混雑でした。
観光客というよりは地元の人が多かったのかも。
まず目につくのは果物屋さんに八百屋さん、
色とりどりの果実や野菜がそのまんまそれぞれてんこ盛りになって売られてます。
もちろんチーズ屋さんやお肉屋さんもありました。
一件だけ魚屋さんもありました。
ボローニャは内陸だからアドリア海で獲れた魚が運ばれてきて並んでいるのでしょうか。
サバやタチウオなんかもありました。
イカのようなものも数種売られてましたが若干くったり。
鮮度はあまりよろしくはないのかな・・・。

乾物など扱う食料品店に乾燥夏トリフの袋入りが売られてました。
小さな袋入りで一つ4ユーロ。一人4袋までとありました。
きっとフィレンツエでも買えると思い、買わなかったのですが
フェレンツェの市場ではまったく見かけませんでした。
ああ、あの夏トリフ買ってくればよかった!

フードコートのような場所があり入ってみるとジェラルド(アイスクリーム)のコーナーもあったので
小さめのコーンに2種のせてもらって食べました。
私はピスタチオとヨーグルト、相方はヘーゼルナッツとチョコにしました。
1個分2.2ユーロ。このジェラルド、あちこちで食べた中でいちばん美味しかったかも。

また広場に戻って東側にあるサン・ペトロオニ聖堂に入りました。
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14世紀から17世紀かけて建設された未完成な聖堂です。
ゴシック様式で絵画的なステンドグラスもはめ込まれていました。
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聖堂への入り口のドアの上には大理石の彫刻があります。
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中央の大きな入り口は閉まってました。
上の真ん中にある聖母とキリストの左側にボローニャの守護聖人聖パトリオニがいます。
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↓この下のドアが入り口でした。
手前にプラスチックカップを持った人がいてちょっとびびりましたがなんとか素通り。
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奥行きの深ーい(132メートル)聖堂です。
両側に礼拝堂がいくつも並んで合計22もの礼拝堂があります。
そのどれにもフレスコ画があってそれぞれに違った場面が描かれてました。
床面にも違う色の大理石を並べてつくられた模様が有り、
ところどころ踏んで歩かないように囲われてました。

聖堂のすぐ隣にある中世考古学博物館へも行きました。
「15世紀の病院を利用して大学や個人コレクションをもとに1881年に開館。」
エジプトコレクションの他ボローニャで発掘された紀元前の壺や水差しなども展示されていました。
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ここには中庭があって、回廊にはたくさんの石碑が並んでました。
ここは陽射しが強くて暑かった!
金魚が泳ぐ大きな石の鉢があり、小さな女の子姉妹が二人水場を離れず遊んでいて
ベビーカーを引いた両親かと思われる若い二人は日陰のベンチで休んでました。

私たちはまた広場の市場へ行き、お総菜屋さんの奥にあるセルフサービBスのお店でランチに。
私は、水とブロッコリーのリゾットを相方はビールと何かパスタを他にサラダをシェアどれも美味しい。
とってあったレシートを見たら、このセルフサービスのお店
TANBURINIという食料品店でその奥にあったんです。
なんと日本にまで進出しているようです。

なんだか長くなったので今日はこのへんで。

ボローニャ編 まだ続きます。
by hokui44do05 | 2014-09-01 20:59 | | Trackback | Comments(0)

イタリア旅行記 ボローニャ編 その2

ボローニャには2泊しました。
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ホテルは駅に歩いて行ける距離にあるイ・ポルティッチ・ホテルにしました。
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ポルティカと呼ばれる柱廊のある通りにあって、元は貴族のお屋敷だった建物がホテルになってます。
ビジネス向きということでしたが、部屋は広くて、天井も高いお部屋でした。
窓の外は、モンタニョーラ公園の緑が見えます。
ただ、バスタブはなくシャワーのみ。
それも天井に備え付きのものでお湯になるまで時間がかかるので
冷たい水を浴びないように体をよけていなければならず
部屋の冷房も調整がきかずで一日目はちょっと風邪を引きそうでした。

どうしてイタリアの旅の始まりがボローニャからとなったのか。
始めに決めた目的地はフィレンツェとローマだったのです。
飛行機のチケットを探していて、
たまたま羽田からの便でイタリアに夕方到着の便があるのがボローニャだけだった。
夕方に到着がいいと思ったのは時差ぼけが多少調整されやすいと考えたからなのでした。
ボローニャからフィレンツェまでは、列車で35分ほどで行けます。
とりあえずは8月なら休みが取れそうと決まった今年3月に消費税UP前ということもあって
行きは女満別→羽田→ロンドンヒースロー→ボローニャ18:00着、
帰りはローマ17:55発→パリシャルルドゴール→羽田→女満別19:40着のチケットを早買いしたのでした。

当初はボローニャについては子どもの本の国際見本市くらいしか知識がなかったのですが、
ガイドブックやネットで調べてみると歴史的なことにも興味がわいてきました。
美食の街でもあり、またヨーロッパ最古の大学もあるというのです。
それで、ボローニャ空港到着後すぐにフィレンツェには行かずに2泊することにしました。

4月頃図書館で井上ひさし著『ボローニャ紀行』を借りて読みました。
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↑結局は手元にもっていたくなり、中古の文庫本を買いました。
井上ひさしは、飛行機でミラノに着いてから、小型バスでボローニャにむかったようです。
ミラノ空港へ到着してから外に出て煙草を3本立て続けに吸っている間に、
何かイタリア語で言い寄ってきた革ジャンを着た中年男に鞄を盗まれたそうです。
鞄の中には「帰りの航空券と筋子のお握り2個、それから1万ドルと百万円の札束が二つ」入っていたそう。
盗まれた鞄はテストーニというボローニャ出身の靴や鞄など皮製品のデザイナーのブランドもので秘蔵の鞄だったらしい。

相方もボローニャに着くなり盗難にあいました。
ホテルから出て中世の街にタイムスリップしたようなポルティカのある大通りを歩いていた時のことです。
なんだか少し前から私たちの近くをうろうろしている人影があるなあと思っていたら突然と相方の前にきた
痩せた年配の女の人が「シガレット」と言ってぶつかってきたのです。
振り払ったらすぐに姿を消したので事なきを得たと思っていたのですが・・・。
短パンのポケットに入れていた小銭入れがなくなっているのに気がついたのはホテルに戻ってからでした。
小銭入れの中には3ユーロくらいしか入っていませんでしたが。
まあそれでも翌日から気を取り直して街歩きをしましたが。

ボローニャに着いた日は、飛行機の中でサンドイッチを食べたのでお腹いっぱい。
食事はしませんでした。
近くのフルーツバー?(フルーツ各種がサイコロ状に切られてカップ入りで売られている)の食料品店で、
ビールと水、そして扁平な桃を二つ買いました。この桃とっても美味しかった!
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ホテルの部屋。
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iPadミニを持って行きましたが、持ち歩かずもっぱらホテルでWi-Fiにつないで使いました。

イタリア旅行ボローニャ編 つづく
by hokui44do05 | 2014-08-29 23:19 | | Trackback | Comments(4)

イタリア(ボローニャからローマ)旅行記 ボローニャ編その1

8月の5日から16日までの相方と二人の旅行記録。
相方は二十歳の時、行って以来、私は初めてのイタリアです。
デジカメ紛失のため画像が少ないです。

5日の夜の便(20:20発)で女満別空港を出発。
羽田には22:10に到着。夜は羽田第2ターミナルの空港隣接のホテルに宿泊。
翌朝、羽田国際空港から8:50発の飛行機でイギリスのロンドンヒースロー空港へむかいました。
運良くも、エコノミーは満席でプレミアムシートに座れることになりました。
ビジネスクラスではないので個室のようではありませんが座席はゆったり。
飛行機は30分ほど遅れて出発でした。
出発前から、ジュースやお水のサービスがありました。
メニューも新聞(イギリスの)も配られました。
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機内は冷房効き過ぎ。おまけに配られた毛布も薄めでブルブル。
薄めの七分袖の上着を2枚重ねても寒かった!長袖いりますね。
乗船時間は12時間25分でした。(東京からロンドンの時差は8時間戻ります)
朝食と昼食の間にスナックのような箱詰めお菓子が配られました。
これはつまむ気になれずお持ち帰り。
ヒースロー空港13:15着のはずでしたが、30分以上遅れて到着。
機上からのイギリスのロンドン郊外の風景は緑が深く美しい。
土地が平坦ではないようで、畑はあっても四角くはありませんでした。

ボローニャに向かう飛行機に乗り換えです。
14:55発なので時間はぎりぎり。
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同じターミナル内での乗り換えで飛行機会社も同じ、もっと簡単なのではと思ってましたが
空港内は大混雑でセキュリティーを通過するのに時間がかかりました。
搭乗口は端っこで、走りました~!
一階までおりてのタラップ乗船。

この飛行機、座席は20番なのにほぼ後ろでした。
途中左側の窓から雪をかぶったアルプスの山々が見えました。
中学生くらいのイギリスの女の子達が大勢乗っていてとても賑やか。
若い声だったせいかそれほどうるさいとも感じませんでしたが
ボローニャ空港に無事着陸したときに大拍手して歓声を上げたのにはびっくり。

サンドイッチのついた軽食がでました。
他にパンやバターもあって明日の朝食用に持ち帰り。
約2時間で予定通り18:00到着。(時差で1時間進みました)
空港としては伊丹の飛行場ぐらい。

降りるとき少し前にいたアフリカの小さな女の子が目も鼻もとれちゃった
キティちゃんのぬいぐるみを大事そうにしっかりかかえていました。
アフリカでもヨーロッパでもキティちゃん、人気なんですね。

食の街ボローニャらしく空港には、
大きな骨付き肉のハムが何本もぶら下がったお店がありました。

ボローニャの緯度は北緯44度30分27秒。
北海道オホーツク海側の緯度だと興部と雄武の間くらいかな。
空港の外に出たら夏時間なのでまだ明るく、ちょっと暑い感じが残ってました。

荷物があるのでタクシーで旧市街地内にあるホテルへ向かいました。
高速道路を走って10分ぐらいで到着しました。

ボローニャ編 つづく。
by hokui44do05 | 2014-08-28 21:49 | | Trackback | Comments(6)

エゾノコリンゴの手作り日記


by エゾノコリンゴ
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